時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)法の測定原理


ここでは時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)法の測定原理を一般的な装置構成に基づいて説明します。


TDTR法の概要を簡潔に知りたい方は、「時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)法のご紹介」 をご覧ください。


時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)法の装置構成と測定原理


一般的なTDTR法ではモードロックチタンサファイアレーザーが光源として使用され、中心波長800nmで約100 fs、80 MHzのパルス光を発振します。1/2波長板(HWP)を使用して入射レーザーに任意の偏光を与えた後、偏光ビームスプリッター(PBS)によって垂直偏光を反射し、横偏光を透過させます。これらの光学系により、パルスレーザー光を任意の強度比で互いに偏光方向が直交したポンプ光とプローブ光に分割できます。このポンプ光とプローブ光の両方が、同じ対物レンズによってサンプル表面に照射されます。


Typical experimental setup of TDTR

図1. TDTR法の装置構成



周波数変調を用いたS/N比の改善


物体表面の反射率は温度によって変化します(サーモリフレクタンス)。とくに温度変化が10 K未満と小さい場合は表面温度と反射率の変化の関係は線形近似でき、反射率R、温度T、サーモリフレクタンス係数CTRを用いて以下のように表現できます。


サーモリフレクタンス係数


実際の測定では、サンプル表面にCTRの高い金属薄膜を成膜します。金属薄膜のCTRは金属の種類とポンプ光の波長の組み合わせによって決まり、たとえば波長800nmに対してはAl、488nmに対してはAuが使われますが、その場合でもCTRの値は通常10-5〜10-4 K-1程度と高くありません。そのため、TDTR法では周波数変調とロックインアンプを使用して、強いバックグラウンドノイズのなかから微弱なサーモリフレクタンス信号を検出します。


ポンプ光の強度は、電気光学変調器(EOM)を使用して0.1〜20 MHzの範囲の周波数で変調され、同じ周波数でサーモリフレクタンス信号も変調されます。ポンプ光の変調周波数の上限はナイキスト定理によりパルスレーザーの繰り返し周波数80 MHzの半分の40 MHzに制限されます。実際には、高い周波数帯域ではSN比が悪化するため20 MHz程度が上限になります。EOM周波数は、サーモリフレクタンス信号のロックイン検出のためのリファレンス周波数としても使われます。


Typical experimental setup of TDTR

図2. (a)周波数fmodで変調されたポンプパルス光。 (b)ポンプパルス光に対する表面温度応答(オレンジ色の実線)および遅延時間tdでのプローブ信号(黒色の破線、ポンプパルス光と同じ周波数)。 (c)測定はtdを変えながら繰り返され、Vin(ロックインアンプのin-phase信号)とVout(out-of-phase信号)が生成されます。



温度減衰の時間分解測定


プローブ光は、遅延ステージによってポンプ光に対して遅延された後、ポンプ光と同じ対物レンズを介してサンプルに集光されます。光の速度が3.0 x 108 m/sであるとすると、光路の0.3 mmの延長はプローブ光の1psの遅延に相当します。ステージの移動精度はさらに高いため数フェムト秒の時間遅延も生成できますが、測定の時間分解能はレーザーパルス幅(〜100 fs)によって制限されます。


観察可能な最大緩和時間は、ポンプーパルス間の時間間隔、つまり12.5 ns(= 1/80 MHz)に制限されます。一方、サンプルの熱拡散時間τは次の式で見積もることができます。


Thermal diffusion time


ここで、dとαはそれぞれサンプルの厚さと熱拡散率です。サンプルの厚さが100 nmの場合、金属を含むほとんどの材料の熱拡散率が10-3〜10-6 m2/sの範囲であると仮定すると、熱拡散時間は10 ps〜10 nsの範囲になり、ポンプパルス間の12.5 nsの間隔が、厚さが100 nm未満の金属薄膜の温度減衰を観察するのに適していることが分かります。


TDTR法では、遅延ステージを操作してtdを変化させながら、12.5 nsの時間間隔におけるサーモリフレクタンス信号の変化を測定します。



データ解析


ロックインアンプは、変調周波数と同一周波数のin-phase信号Vin(出力の実数部)とout-of-phase信号Vout(出力の虚数部)を出力します。サーモリフレクタンス信号の振幅と位相は、VinとVoutを用いてそれぞれR = -Vin / Voutとφ= tan-1(Vout / Vin)として表されます。求めたい熱物性値を熱輸送モデルにおける未知のパラメーターとして使用し、振幅Rや位相φなどの測定データをフィッティングすることによって、熱物性値を推定します。


多層フィルムをサンプルとする場合、体積熱容量C、面内熱伝導率Kr、深さ方向熱伝導率Kz、界面コンダクタンスGなど、いくつかの未知の熱物性値があります。TDTR法の多くの測定では、大きなレーザースポット径(5〜20 μm)および高い変調周波数(1〜10 MHz)を測定条件として選択することで、熱輸送は1次元的であると仮定できます。この場合、TDTR信号は深さ方向の熱特性に最も高感度となるため、KzとGの両方を同時に推定できます。


さらに、ポンプパルス光はサンプル膨張に伴う弾性波を発生させ、金属薄膜を介して伝播し、金属薄膜とサンプルの界面で反射して金属薄膜の表面に戻ります。この現象は、減衰信号の初期に現れる「音響エコー」と呼ばれる小さなピークとして観察できます。このピークの位置と金属中の音速から、金属薄膜の厚さを正確に測定できます。


Acoustic echo

図3. サーモリフレクタンス信号に現れる「音響エコー」ピークのイメージ。


(2022年1月)