アプリケーション
マテリアル・サイエンス
- Application note
- No. MSR001-IFCF-20250821-001-JP
周波数領域サーモリフレクタンス顕微鏡を用いた単一の放熱フィラー粒子の熱伝導率計測
- キーワード
- セラミックス
- 熱伝導フィラー粒子
- アルミナ
- 窒化アルミニウム
- 周波数領域サーモリフレクタンス法
- InFocus κ FDTR
熱伝導性複合材料に充填される放熱フィラーは数十μm以下の粒子で、その熱伝導率は粒径や構造によって低減すると考えられます。ここでは、当社のサーモリフレクタンス顕微鏡を用いて、最小粒径5μm の粒子の熱伝導率評価を試みました。その結果、焼結体の熱伝導率は構成粒子サイズによって制限される一方で、熱輸送は焼結体があたかも連続体であるかのように行われていることが確認されました。
公開日:2025年9月5日
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小型化・高集積化が進む電子デバイスにおける発熱の問題が深刻さを増すにつれて、高効率な放熱を実現する熱伝導性複合材料(TIM:Thermal Interface Material)や封止材の開発ニーズが高まっています。TIMや封止材の放熱性能は、内部に充填された粒径数十µm以下の放熱フィラー粒子の性能に大きく依存します。また、非金属結晶では熱輸送を担うフォノンの平均自由行程(MFP)が数µmに及ぶため、粒径や構造によって熱伝導率が低下するサイズ効果の影響も想定されます。そのため、高性能な放熱材料の開発を進めるには、粒子個々の熱物性を評価することが重要です。
周波数領域サーモリフレクタンス(FDTR)法は、レーザー光を直径1µm程度まで集光して、試料の熱物性値を評価することができ、すでにアルミナやAlN焼結体、ダイヤモンドやSiC粒子に適用した事例が報告されています*1-3。
このアプリケーションノートでは、サイエンスエッジ社製のサーモリフレクタンス顕微鏡InFocus κ FDTRを使用して、直径数10 µm以下の単結晶粒子および焼結体の個々の熱伝導率を評価するとともに、その有用性について検討しました。
試料準備
市販の単結晶α-アルミナ粒子、多結晶AlN粒子およびAlN微粒子焼結体を入手し、粒子をカプトンテープ上に散布固定した後、スライドガラス上に貼付しました。これに、RFスパッタを用いて6nmのCr中間層とともに60 nmのAu層を成膜し、トランスデューサーとしました(図1)。実際の膜厚は、界面を考慮せずAu/Crを1層とみなして段差計で計測しました。

図1. 金のトランスデューサーを成膜した後の試料の写真。
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熱伝導率の測定
粒子の熱伝導率は、サーモリフレクタンス顕微鏡InFocus κ FDTRを用いて測定しました。特定の周波数で強度変調された445 nmCWレーザーを加熱用ポンプ光、514 nmCWレーザーを温度検出用プローブ光として用い、50 kHzから50 MHzの46点でサーモリフレクタンス信号の位相遅れを測定し、スペクトルを得ました。測定は20倍対物レンズを用いて行い、ポンプ光およびプローブ光のスポット径はナイフエッジ法により評価し、それぞれ2.5 µmと1.5 µmとなりました。ポンプ光の強度は典型的に5mW、プローブ光は1mWです。
粒子の熱物性値は、トランスデューサ/界面/粒子を平面多層膜とみなした3層モデルで回帰解析しました。フィッティングに際しては、粒子の体積熱容量C(アルミナは3,090 kJ/m3∙K、AlNは2,400 kJ/m3∙K)と名目粒子サイズd(nm)を固定パラメータとし、界面熱コンダクタンスG(MW/m2∙K)と粒子の熱伝導率κ(W/m∙K)をフィッティングパラメータとしました。解析では、熱侵入長Lp,

が粒径よりも長くなる低周波域と、S/Nの悪い高周波領域を除外しました。
測定結果
(a) 単結晶アルミナ粒子
名目粒子サイズが5µmおよび18 µmの単結晶アルミナ粒子を測定した結果を図2に示します。いずれもバルク値(33 W/m∙K)より低い熱伝導率を示し、粒径が小さいほど低下しました。

図2. 名目粒子サイズが18 µmと5 µmの単結晶アルミナ粒子の位相遅れスペクトル例とそれらに対するフィッティング解析結果。
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この傾向は熱伝導率のサイズ効果と、一見矛盾しませんが、α-アルミナの室温におけるフォノンMFPは概ね1µm以下であり*4、これと比べて粒子サイズが十分に大きいことから、フォノンMFPと粒子サイズの拮抗以外にも、バルク熱伝導率との乖離の要因がある可能性が示唆されます(後述)。
また、5µm粒子では1MHz以下の低周波領域で、バルクを仮定したモデルによるフィッティング曲線からの乖離が観測されました。Goniらによれば、これはLpが粒子サイズに到達し、フォノンの拡散が粒子表面で妨げられることにより起こる効果です。
(b)AlN微粒子焼結体
5〜80 µmの焼結体はバルクAlN(κ > 320 W/m∙K)より小さな熱伝導率を示しましたが、粒径依存性は大きくありません(図3)。とくに30 µm焼結体は同程度のサイズの多結晶粒子(20 µm)の約40 %の熱伝導率しか示さず、焼結体全体のサイズより、構成微粒子のサイズが熱伝導率を支配する可能性が示唆されました。また、大粒径焼結体では位相スペクトルの乖離が小さく、熱輸送が界面で途切れず連続的に行われていることが確認されました。

図3. 名目粒子サイズが20 µmのAlN多結晶粒子および80 µm、50 µm、30 µm、5 µmのAlN微粒子焼結体の位相遅れスペクトル例とそれらに対するフィッティング解析結果。
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表4. 粒子の固定方法を、カプトンテープから銀ペーストへ変えたときの、各粒子の熱伝導率の測定結果の変化。

図5. 400 kHz(Lp = 10.3 µm)近傍でフィッティング曲線から乖離が生じた80 µmのAlN焼結体の位相遅れスペクトル。
(c) バルク熱伝導率との乖離の要因
加熱に使うポンプ光の強度を上げるとκが低下したことから、カプトンの熱伝導率が低いことによる放熱不足が、バルク熱伝導率との乖離の要因と考えられました。そこで、粒子の固定方法を銀ペーストに変更すると、アルミナ粒子ではバルクに近い値が得られ、AlN多結晶粒子ではバルクの約80%、焼結体でもカプトン固定時の約2倍の値が得られました(表4)。固定方法が有する放熱性能が評価結果に大きく影響することが確認されました。
(d) 粒子内に隠れた熱輸送的欠陥の検出
前述の通り、熱侵入長Lpが粒径に近づくと、実測スペクトルがバルクモデルから乖離します。この乖離が粒径よりも短いLpで現れる場合、粒子内部に熱輸送の障壁が存在すると考えられます。実際に、80 µm AlN焼結体の測定において、400 kHz(Lp = 10.3 µm)付近で位相遅れが大きくなるケースがあり(図5)、表層から約10 µmの位置に空隙などの欠陥がある可能性が示されました。このように、サーモリフレクタンス顕微鏡は、試料内部に隠れた欠陥などの検出に活用できる可能性があります。
結論
微小スポット加熱が可能なサーモリフレクタンス顕微鏡InFocus κFDTRにより、最小粒径5µm程度の単一フィラー粒子について、材質やサイズ、構造に依存した熱伝導率の評価が可能であることが実証されました。また、実測曲線とバルクモデルから予想される曲線との乖離を評価することで、粒子内部に隠れた熱輸送的欠陥の検出が可能であることが示唆されました。
参考文献
*1: 山田伊久子ほか, 粉体工学会誌, 46 (2009), 20-24.
*2: S. Kume et al., J. Am. Ceram. Soc., 92 (2009), S153-S156.
*3: M. Goni et al., Rev. Sci. Instrum., 89 (2018), 074901.
*4: B. Dongre et al., MRS Communications, 8 (2018), 1119-1123.