アプリケーション
生物物理学
- Application note
- No. BPS001-IFDS-20240322-001-JP
ポリマー被覆銀ナノ粒子によるプラズモン増強散乱光および表面プラズモン励起増強蛍光の分光分析
- キーワード
- バイオセンサー
- 銀ナノ粒子
- 表面プラズモン増強散乱光
- 表面プラズモン励起増強蛍光
- 暗視野顕微鏡
- InFocus λ DS
金属ナノ粒子を用いたプラズモンバイオセンサーの開発において、ナノ構造を観察するための暗視野顕微鏡および光学応答を調べるための分光装置は欠かせません。ここでは、両機能を兼ね備えた暗視野分光イメージング顕微鏡を用いて、ポリマー被覆銀ナノ粒子による表面プラズモン増強散乱光や表面プラズモン励起増強蛍光を分光分析した事例をご紹介します。
公開日:2024年3月22日
PDFをダウンロードするイントロダクション
金属ナノ粒子を用いた蛍光分光は、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized surface plasmon resonance)による電場増強効果によって標識分子の蛍光強度を増強できるため、高感度な光バイオセンシング技術として注目を集めています。
LSPR の共鳴波長は金属ナノ構造の大きさや形状、金や銀などの金属の種類、さらには金属表面近傍における物質の吸脱着や周辺媒質の屈折率により変わります。LSPR バイオセンサーでは、検出対象の物質と結合するリガンド分子を金属表面に塗布しておくことで、両者の結合をスペクトルの変化として検出します。
金属ナノ粒子のバイオセンシングへの応用を進めるためには、粒子一つひとつの光学特性のばらつきを評価することが大切です。そのためには、ナノスケールの微粒子をとらえる暗視野観察と散乱光や蛍光の分光測定が欠かせません。これらの機能を併せ持つ暗視野分光イメージング顕微鏡は、バイオセンシング技術の開発におけるパワフルな分析ツールとして期待されています。
このアプリケーションノートでは、サイエンスエッジ社製の暗視野分光イメージング顕微鏡InFocus λ DS を使用して、ポリマー被覆銀ナノ粒子によるプラズモン増強散乱光および蛍光の暗視野分光イメージングを行いました。
試料準備
蛍光分子が金属表面に近接すると、電場増強効果が増大する一方で、金属表面のエネルギー移動によって消光効果が生じます。この消光効果を抑制しながら高い電場増強効果を得るために、金属ナノ粒子の表面に数nm 程度のスペーサー膜を形成する手法が知られています。
図1. 表面プラズモン励起増強蛍光では、金属ナノ粒子の表面プラズモン共鳴による増強電場により蛍光分子を励起します。PS ナノ粒子の場合は、電場増強が生じないため蛍光分子は励起されません。
1
2
ここでは、直径80 nm の銀ナノ粒子に、厚み4 nm の機能性ポリマーが被覆された試料をInFocus λ DS を用いて測定し、単離された銀ナノ粒子の暗視野顕微鏡画像の観察および増強された暗視野散乱スペクトルの分光測定を行いました。さらに、蛍光色素分子(Alexa Fluor: λex = 430 nm, λem = 540 nm)により修飾されたポリマー被覆銀ナノ粒子について、表面プラズモン励起増強蛍光分光(SPFS:Surface plasmon-field enhanced fluorescencespectroscopy)の測定を行いました(図1)。
暗視野分光測定
暗視野分光イメージング顕微鏡InFocus λ DSの装置構成を図2に示します。リング絞りと穴あきミラーを用いて、リング状の白色LED 照明光を直接観察光学系に入らないように斜めに照明します。暗視野顕微鏡下で高速にハイパースペクトルイメージングをするために、分光器のスリット方向を空間情報に使い、指定した測定エリアのX軸の分光測定を一度に行います(ライン検出)。ガルバノスキャナにより検出位置をY軸方向に走査しながら測定を繰り返すことで、暗視野分光イメージングを高速に実行できます。256 x 1024画素の電子冷却CCDにより、空間方向においてもスペクトル方向においても、大量のデータを取得できます。
取得した暗視野分光イメージの任意の場所をクリックすることで、その場所のスペクトル情報を確認できます。任意のバンドに擬似カラーを割り当てることで、マルチカラーの暗視野分光画像を生成することができます。
図 2 (a). 落射型の暗視野観察光学系。観察光に背景光が含まれないため、ナノ構造由来の微弱な散乱光を観察できます。 (b).ライン検出の仕組み。測定範囲内のX 軸上256 点を一度に分光測定します。
2
3
測定結果
図3(a)は、ポリマー被覆銀ナノ粒子の暗視野顕微鏡画像です。単一粒子の分布を観測できており、LSPRにより青色が増強されていることが確認できます。図3(b)は、図3(a)内の指定箇所の暗視野散乱スペクトルで、LSPRの明瞭なピークが約460 nmに確認できました。この波長は蛍光色素の吸収波長と重なるため、色素分子をプラズモン励起することができます。
図4は、ポリマー被覆銀ナノ粒子上でプラズモン励起された蛍光色素分子に由来する発光スペクトルで、およそ540 nmにピークを持つことが確認できます。蛍光のプラズモン増強係数を見積もるために、直径100 nmの単一の色素官能基化ポリスチレン(PS)ナノ粒子の蛍光スペクトルを測定しました。PSナノ粒子は可視領域に共鳴波長を持たないため、図4の黒線で示すように、色素機能化PSナノ粒子からの蛍光は弱すぎて検出できません。このPSナノ粒子からの蛍光強度をスペクトルのノイズレベルと仮定すると、ポリマー被覆銀ナノ粒子とPSナノ粒子の蛍光強度比は少なくとも20倍と見積もられます。ポリマー被覆銀ナノ粒子とPSナノ粒子の表面積の差を考慮すると、ポリマー被覆銀ナノ粒子の蛍光増強係数は少なくとも26倍と見積もられます。
図3 (a).ポリマー被覆銀ナノ粒子に白色LEDを照射して観察した暗視野顕微鏡画像です。単一粒子の分布を観測できており、LSPR により青色の散乱光が増強されていることが確認できます。(b).図3(a) の拡大図中の矢印で示した粒子の暗視野散乱スペクトルです。およそ460nm 近傍にピークを示しており、銀ナノ粒子に特有のプラズモン散乱光を検出できていることが分かります。
図4.ポリマー被覆銀ナノ粒子上でプラズモン励起された蛍光色素分子に由来する発光スペクトル(緑色)。同じ色素で修飾したPSナノ粒子を測定したスペクトル(黒色)は、ノイズ成分のみで蛍光は見られません。両者の比較から、蛍光強度比はおよそ20倍と見積もられました。
結論
サイエンスエッジ社製の暗視野分光イメージング顕微鏡InFocus λ DSを用いて、銀ナノ粒子の暗視野顕微鏡観察やプラズモン増強散乱の分光測定および表面プラズモン励起増強蛍光の分光測定を行いました。測定結果から、ポリマー被覆銀ナノ粒子の蛍光増強係数は少なくとも26倍であると見積もることができました。暗視野観察機能に加えて、高速で高画素の暗視野分光イメージを取得できるサイエンスエッジ社製の暗視野分光イメージング顕微鏡InFocus λ DSは、プラズモンバイオセンサーの開発を進めるための強力な分析ツールとなります。
謝辞
測定データをご提供いただき本アプリケーションノートの原稿について有益なコメントをいただいた徳島大学の矢野隆章先生に深く感謝いたします。
参考文献
*1: Kato et al., ACS Omega 2022, 7, 4286-4292.